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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(し)44号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

記録によれば、申立人は、同人に対する恐喝未遂被告事件について、昭和六一年三月一八日徳島地方裁判所がした判決に対して、同日控訴を申し立て、次いで同年五月九日控訴を取り下げたが、その後右控訴取下を撤回する旨の書面を提出したこと、高松高等裁判所第三部は、同月一九日、申立人が右控訴取下当時判断能力を欠いていたことを窺わせる資料はないから、右取下が無効とはいえず、また、本件控訴は右取下により終了しているから、もはや取下の撤回は認められないとして、「本件控訴は、被告人の昭和六一年五月九日付書面による控訴の取下によって終了した。」旨の決定をしたことが認められる。

ところで、高等裁判所の右のような訴訟終了宣言の決定に対しては、その決定の性質に照らして、これに不服のある者は、三日以内にその高等裁判所に異議の申立をすることができるものと解するのが相当である(刑訴法四二八条二項、三項、四二二条参照)から、右決定は、刑訴法四三三条一項にいう「この法律により不服を申し立てることができない決定」に当たらない。本件特別抗告は不適法として棄却を免れない。

よって、同法四三四条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官長島敦の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官長島敦の補足意見は、次のとおりである。

法廷意見は、上告取下にかかる当裁判所昭和四四年(あ)第三一四号同年五月三一日第二小法廷決定・刑集二三巻六号九三一頁、控訴取下にかかる東京高等裁判所昭和五〇年(う)第二六二一号同五一年一二月一六日第四刑事部決定・高刑集二九巻四号六六七頁をはじめとして、実務の運用として定着して来たかの感があるいわゆる上訴取下による訴訟終了宣言裁判のうち、高等裁判所のした決定に対する不服申立につき、はじめて判示するものであるから、以下、私の意見を補足しておきたいと考える。

上訴の取下が錯誤その他被告人の真意によらないでなされ、あるいはその意思能力を欠く状態のもとでなされたなどとして被告人からその上訴の取下が無効であることを理由に当該上訴審における審理の続行が申し立てられた場合に、その申立を許容する刑訴法上の規定はないから、右申立は、当該上訴裁判所がその申立の理由があると認めるときに職権で審理を続行するよう、単に、その職権発動を促すものにすぎず、その申立が理由のないときは、当該裁判所にはこれに対し上訴取下により訴訟が終了した旨の裁判をする法的な義務はなく、また、そのような裁判を行うことは相当でないとする見解にも十分な論拠があると思われる。このような立場によれば、訴訟終了宣言の裁判は、もともと、不服申立の対象となりうべき裁判ではないこととなり、これに対する上訴の申立は、すべて、この点で不適法として棄却されることとなるであろう。

当裁判所昭和三八年(あ)第二八〇九号同三九年九月二五日第二小法廷判決・裁判集刑事一五二号九二七頁は、名古屋高等裁判所のした本件は被告人が控訴取下書をもってした控訴の取下によって終了している旨の判決に対する被告人からの上告につき、上告趣意は刑訴法四〇五条所定の理由に当たらないとして同法四一四条、三九六条によって上告を棄却した上、かっこ内で、「本件控訴取下の当時所論のように被告人が意思能力を欠いていたとは認められないから、被告人の控訴取下は有効であり、これによって本件第一審の判決は直ちに確定したものというべきである。」との職権による説示を付加している。当裁判所の右判決は、名古屋高等裁判所のした訴訟終了宣言判決を上告の対象となる裁判として取り扱っていることが明らかであり、その趣旨は、訴訟終了宣言決定に対する上訴についても、同様に妥当するものと考えられる(現に東京高等裁判所昭和五一年(け)第二六号同五二年四月一一日第五刑事部決定・高刑集二九巻四号六七〇頁は、前出同五一年一二月一六日東京高裁第四刑事部のした訴訟終了宣言決定に対する弁護人の異議申立につき、詳細な理由を示して、本件被告事件は控訴取下の申立により終了した旨の原決定には所論のような事実誤認は存しないなどと判示して、同法四二八条三項、四二六条一項を準用して右異議の申立を棄却している。)。

ところで、右のような訴訟終了宣言の裁判は、上訴取下が有効であり、これによって直ちに訴訟が終結した旨を宣言し確認するものにすぎず、この裁判によって、新たに訴訟終結その他のなんらかの訴訟法上の効果を発生させるものではないから、このような裁判に対しては被告人には不服申立の法的な利益がないのではないか、という点も問題となろう。しかし、実質的にみれば、上訴取下の無効の主張が採用されれば、当該事件について上訴審による審理が続行されることとなるのであるから、訴訟終了宣言の裁判に対してその取消と爾後における上訴審の手続の続行を求める利益が被告人側に存在することは明らかであり、しかも、その利益は、刑事訴訟の本案そのものの帰結にかかわるものであって、単なる訴訟手続上の裁判所の職権裁量事項についてその職権発動を求める場合と到底同日に論ずることはできない。そうとすれば、少なくとも、上訴の取下が有効かどうかについて疑義が生じ、裁判所が事実取調などを行った上で上訴取下が有効であったと判断した場合に、訴訟終了宣言の裁判によってこれを明らかにすることは条理上当然のことというべきであり、このような裁判がされたときに、これに不服のある被告人に実体的な上訴の利益があるものとして、これに上訴を許容することは、右裁判が訴訟の本案を終結させることにかかわる裁判であることからしても、審級制度上当然の理というべきである。このようにして、従前の実務が訴訟終了宣言の裁判を行い、また、これに対する上訴を許容したことの合理性、相当性を肯認することができるものと考える。

法廷意見は、高等裁判所の訴訟終了宣言の決定に対しては、その決定の性質に照らして、これに不服のある者は、三日以内にその高等裁判所に異議の申立をすることができるものと解するのが相当であると判示し、刑訴法四二八条二項、三項、四二二条を参照条文としてかかげている。本件のような訴訟終了宣言の裁判は、訴訟の本案の終結にかかわりをもつが、本案そのものについての判断を示すものではなくて、いわば訴訟追行過程における形式的裁判という性質をもつ点で公訴棄却(同法三三九条、四六三条の二)や控訴棄却(同法三八五条一項など)の決定と性格を同じくするばかりでなく、その実質において上訴権回復請求に対する棄却決定(同法三六二条ないし三六四条)と近似するといえるから、その裁判は、これらの場合に準じて決定の形式で行うのが相当であり、また、右の規定がすべてその決定に対して即時抗告をすることを許しているのであるから、訴訟終了宣言の決定もその性質上、即時抗告をすることができる旨の規定がある決定として取り扱うのが相当である(もっとも、即時抗告に伴う裁判の執行停止の規定である同法四二五条の規定は、訴訟終了宣言決定については、その決定自体は直接なんらの法的効果を生じないから、右宣言がなかったと同様の状態に復さしめるという点で効果をもつにすぎない。)。そして、高等裁判所のした決定に対し即時抗告をすることができる場合には、これに代えて異議の申立をすることができ(同法四二八条二項)、この場合には即時抗告に関する規定を準用する(同条三項)こととなるので、異議申立期間は、三日となる(同法四二二条)。法廷意見がこれらの条項を参照条文としてかかげている趣旨は、右に述べたところによって了解が可能となるのではないかと考える。

(裁判長裁判官 長島敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦)

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